33.気流に乗って(5)

 結局、ダイナミックスのテープを聴いているうちに、雪は急激に降り積もり、自転車ではとうてい帰れない状況となってしまった。
「コマッタナア・・・。」
 ドン・ウィルソンの真似をしながらも、本気で途方にくれている秀に、丈のおかあさんはニコニコしながら、
「虹ちゃん、もう一晩泊まって、明日電車で帰りなさい。今晩はタラチリにするから、たくさん食べてね。」
と、やさしく言ってくれた。
 そんな訳で、秀は丈の家にもう一泊し、翌日電車とバスを乗り継いで帰宅した。
 首都圏ではめったにない大雪で、かなりの積雪量であった。とうてい自転車での走行は不可能な状態である。
 丈の家に置いてきた自転車は、数日後に丈が自分でこいで届けてくれた。丈はそのまま秀の家に二泊し、二人は春休みの半分近くを寝食をともにした事になった。
 にもかかわらず、ベンチャーズの事や女の子の事、その他いくらでも話す事やする事があって、一緒にいて一向に飽きが来ないのだから、若さというものは素晴らしい。
 年をとってからでは、酒でも飲まなければ二時間も持たないであろうに。

 春休みの間に、秀は渋山ゆりとも会った。
 二人は、ほとんど夏休みや冬休み、あるいは春休みのような時にしか会っていないが、お互いそれで納得しているところがあった。毎週のように頻繁に会うには、まだ純情すぎたので、どうしていいかわからなくなってしまう恐れがあった。普段は手紙のやりとりだけで秀は満足していたし、ゆりもそうに違いないと思っていた。
 この日は、お互いが小学校、中学校時代を過ごした東京の江東区大島に行ってみようということになって、総武線の亀戸駅東口で待ち合わせた。
 この日もゆりが先に着いて待っていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、私も今来たばっかり。」
 一年前に再会した時と、ほとんど変わらない恥じらいと緊張感が、まだ二人の間にはあった。
「とりあえず、中学校を見に行ってみよう。」
 駅を出て、京葉道路沿いを千葉方面に向かって歩く。小学生の頃、憧れの的だった大学生のバンドが物干し場で練習をしていた二階建ての家は、もう影も形もなかった。
「ゆりちゃんが転校してくる前は、この辺の家の屋上で練習しているバンドがいて、すごくかっこよかったんだ。」
「まあ、屋上で? ビートルズみたいね。秀ちゃんのバンドみたいに、上手なバンドだったの?」
 さすがにお互い、呼び方だけは、名前になっていたが、まだ照れから来るぎこちなさがあった。
「いや、ギターの人は、僕なんかよりずっとずっと上手だったよ。」
 そんな話をしながら、京葉道路を渡り、大島、砂町方面へ南下していく。
 5分ほど歩くと、そのあたりはもう、中学生の頃の秀たちが日常的に行動範囲にしていたあたりだった。
「なつかしいわねえ。空気がやっぱり大島って感じよ。」
「ふるさとに帰って来たって感じだね。」
 二人が通った中学校や小学校、その近辺の商店街を見て回る。商店街の店には多少の変化があったものの、ほとんど昔と変わらない風景であった。
 喫茶店で昼食をとり、その後自分達が住んでいた団地に行ってみた。かなり老朽化してはいたが、団地はまだ残っていた。
 秀とゆりは、団地内の公園にたどり着いた。お互い、この公園ではよく遊んだものである。ここも昔とほとんど変わらない風景で「あの頃」の思い出が、走馬灯のように頭の中を駆けめぐる。
 二人はブランコに並んで腰掛け、ゆっくりと揺らしながら、この町に住んでいた頃の事を語り合った。
「小学校の頃は、毎日が楽しかったわ。」
「僕もそうだけど、高校生活も悪くはないなあ。ゆりちゃんは、高校生活はどうなの?」
「お友達もいるし、楽しくないってことはないけど、女子高だから、ちょっと淋しいかな。秀ちゃんはバンドの方が充実しているみたいでうらやましいわ。」
「そういえば、手紙にはいつもベンチャーズとかバンドの事ばっかり書いてるからなあ。もっといろんな話題がないと、ゆりちゃんもつまらないだろう。」
「ううん、ベンチャーズの事を書いてる時の秀ちゃんて、すごく情熱的で、素敵だと思うわ。」
 そう言われて秀はぐっと言葉に詰まった。
「小学校の頃から、ずっとゆりちゃんを好きだったんだ。」
と言いかけては、口に出せないでいた。
 湧きあがる感情と、それを表現することへの躊躇の間で、秀は無口になった。
 ゆりもそれを察しているかのように、何も言わず遠くを見ている。
 一年前に再会して以来、少しずつ二人の仲は進展してはいたものの、まだ「仲の良いお友達」でしかなかった。
 間もなく高校三年生になるにしては、リーダー・シップをとるべき秀が幼すぎ、そして純情すぎた。ゆりの方も、秀に対して積極さを無理強いしなかった。
 それ以上の関係になるには、お互いもっと大人にならなければならないのだろう。
 団地の建物が連なる先の空に、春の到来を告げる小さな白い雲が浮かんでいた。


             


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