32.気流に乗って(4)

 前の夜に遅くまで話し込んだ秀と丈は、翌日の昼近くに目をさました。
 窓の外を見ると、何やらどんよりと曇っている。三月下旬にしては、かなり冷え込んでいて、このままだと雪でも降ってきそうな気配である。
「今日は早めに帰ったほうがよさそうだなあ。雪になりそうだ。」
 秀が着替えながら言うと丈は、
「うーん、でも、昼飯ぐらいは食って行けよ。まだ降ってきやしないよ。」
と引き止める。
 何しろ、一緒にいればいくらでも話す事、する事があるのだから、二人の間にはたいくつという言葉が存在しない。秀にしても、内心はまだまだ帰りたくないのだ。
 さらに、秀に帰宅を躊躇させる事態が重なった。
 二人が居間へ行くと、丈のおかあさんが、
「丈宛に郵便が来てるわよ。」
と、茶封筒を差し出したのだが、中に紙以外の物が何か入っているようで、ずいぶん厚さがある。
 受け取った丈が封筒の裏の差出人を確かめるのを、秀も後ろから覗き込んだ。そして二人は顔を見合わせて、同時に叫んだ。
「ダイナミックス・ファン・クラブからだ!」
「ダイナミックスのライヴ・テープだ!」
 ダイナミックスのライヴ・レコードが発売されるという話は、彼らが来日中から噂されており、帰国後に正式に予約の受け付けも始まっていた。
 秀と丈は「発売されたら買いに行こう」と思っていたので、予約はしていなかったのだが、そのうちにダイナミックスを招聘している会社が倒産したりして、ライヴ・レコード発売の話は立ち消えとなってしまった。
 その代わりに、ファン・クラブが有料ながら、ダイジェスト版のテープを配布することになり、それは会員でなくても、申し込みさえすれば分けてもらえる事になっていた。
 それをしばらく前に申し込んであったのが、図らずも今日届いたという訳だ。秀も同時に申し込んであったので、家に帰れば届いているはずである。

 丈のおかあさんが用意してくれた朝昼兼用の食事をほおばりながら、丈が封を開けると、中には簡素な文面の便箋と、カセット・テープが1本入っていた。
 テープのジャケットは、市販のカセット・ラベルに曲名をタイピングしたもののコピーで、それをはずすと、ダイナミックスのステージ写真がカセット・ケースの大きさにカットされて収められていた。
 初めて見るダイナミックスのステージ写真に、二人とも興奮した。



「さっそく聴いてみよう。」
 丈がカセットをステレオのデッキにセットしようとした時、丈のおかあさんが、
「あら、雪が降ってきたわよ。」
と言った。窓の外を見ると、かなりの勢いで粒の大きい白い物が降下している。
「うわあ、まずいなあ。今のうちに帰ったほうがよさそうだ。」
 つぶやく秀に丈は、
「まだ大丈夫だよ。一緒にダイナミックスを聴いてからにしろよ。」
と引き止める。
 今すぐここで、ダイナミックスのテープを聴きたい。その誘惑に、秀は勝てずに、ソファーに腰をおろしてしまった。

 さて、そのダイナミックスのライヴ・テープ。
 コンサートで演奏された全曲が収められていないのが残念だったが、秀と丈が見に行ったのとは別の日の録音で、非常に新鮮だった。
 現場の会場ではよく聴き取れなかったジョン・ダリルのオルガンや、ボブ・スポールディングのギターもクリアーに聴こえ、特にジョンのオルガンの速いパッセージには、二人とも目を丸くした。
「キャラバン」が入っていないのは、ちょっと不満であったが、そのかわりにスタジオ録音の未発表曲が5曲収められており、秀はその中でも「Festival City」という、ジェリーがボトル・ネック奏法を駆使したナンバーが気に入った。
 フィンガー奏法に興味のある丈は「Refrections Of Love」というバラードに、熱心に聴き入っていた。


             


トップ・ページに戻る