30.気流に乗って(2)

 秀は秋葉原から帰っても、すぐに「ベンチャーズ・イン・トーキョー」を聴くことはしなかった。
 家のポータブル・プレーヤーの針を乗せたら、ことさらにレコードが傷んでしまうような気がしたのだ。
 この頃、秀にとっては自分の所有するすべてのベンチャーズのレコードが宝物であり、むやみに安物の針をレコードの盤面に走行させるのが、もったいないと思うようになっていた。
 秀は丈の家に行って、一緒に聴こうと思った。丈の家のステレオは、パイオニアの4チャンネル対応型で、当時としては、かなり高級なセットであった。
 夜になって丈のところへ電話をする。
「今日、秋葉原で'68年のライヴ盤を買ったんだけど。」
 だからどうしたいかは、わざわざ言わなくても丈はわかっている。
「そうか、じゃあ明日、うちへ持ってこいよ。カセットに落としてやる。そうだ、春休みなんだから、一日ぐらい泊まっていけよ。」
 あっという間にそんな話になって、秀は翌日丈の家へ泊まりに出かけることになった。

 日が明けた。
「お昼時からおじゃまするんじゃないよ。」
 という母の制止を振り切って、秀は10時前に自転車に乗って家を出た。何度も行って、勝手知ったる道筋を、ひたすらペダルをこいで20分。柏市の隣、流山市郊外の新興住宅地の」一角にある丈の家に着くと、丈も待ちかねていたらしく、門の外に出て待っていた。
 丈の後ろにくっついて居間に入ると、奥の方でおかあさんが縫い物をしていた。
「おじゃまします。母がよろしくと言ってました。」
 秀が会釈して挨拶すると、丈のおかあさんもニコニコと笑って、
「あら、虹ちゃんいらっしゃい。今日はゆっくり泊まっていってちょうだいね。」
と声をかけてくれた。
「虹、お昼はもんじゃ焼きをやらないか。」
 丈が言うので、秀の顔がほころんだ。ご存知の方も多いと思われるが、もんじゃ焼きとは、お好み焼きのタレを10倍ぐらいに薄めたような食べ物で、あらかじめたっぷりとソースが混ぜてあり、お好み焼きと同様、鉄板で焼いて食べる。秀や丈が小学生の頃は、町の駄菓子屋の一角に大きな鉄板が備え付けてあって、具の内容を簡素にすれば、5円、10円から食べる事ができたものだ。それを昼食にしようと、丈は言う。
「もんじゃ焼きなんて、何を入れたらいいのかわからないから、材料を用意してないわよ。お金を渡すから、二人で好きな材料を買ってきてちょうだいね。」
 丈のおかあさんが言うので、二人は近所の商店街に買出しに出かけた。
 もんじゃ焼きには欠かせない、キャベツ、青海苔、さくらえび、切りイカや、子供の頃に駄菓子屋で食べた時には入っていなかった挽き肉を、カドヤというスーパー・マーケットで仕入れる。
 問題は、これも欠かす事のできない「揚げ玉」であった。この当時、スーパー・マーケットには置かれていなかったのだ。
「どうしようか。揚げ玉なしでがまんするか。」
 すぐあきらめるタイプの秀に対し、丈は粘り強い。
「いや、揚げ玉の入っていないもんじゃなんて、クリープの入っていないコーヒーのようなものだ。」
 二人はスーパーの袋を手に下げたまま、道端でしばし思案した。すると、丈が頭の中に電球がパッと点ったような表情になった。
「そうだ、お蕎麦屋さんに行ってみよう。もしかしたら、分けてくれるかもしれないぞ。」
「おお、それはいい考えだ。」
 という訳で、近所の「更科」という日本蕎麦屋へ行く。
 店に入ると「いらっしゃい」と、おばさんの声がかかったので、丈が恐る恐る、
「あのう、家でもんじゃ焼きをやりたいんですけど、揚げ玉を売ってもらえませんか。」
 と聞いてみた。すると、おばさんはにこやかな顔で、
「ああ、いいよ。揚げ玉入ってないとおいしくないからね。」
 と言って、袋に揚げ玉をつめてくれた。しかも、御代はいらないという。恐縮する二人に、
「そのかわり、今度お蕎麦食べにきてね。」
 と言った。古き良き時代の話である。
 こうして無事必要な材料をすべて揃えた二人だったが、帰り道の途中で丈が、
「そうだ、ダンさんにも声をけけてみようか。」
 と言い出した。ダンさんとは、もちろん浩二の事である。
「いいね。誘ってみようよ。」
 秀も同意し、丈の家から歩いて10分ほどの所にある、浩二の家に寄ってみた。
 浩二は折りよく家にいて、ハム(アマチュア無線)の交信をしているところだった。
「虹が’68年のライヴを持ってきたから、一緒にもんじゃ焼きをやりながら聴かないか。」
 という丈の誘いに、
「おう、わかった。無線の交信が終わったら、すぐ行く。」
 と返事が返ってきた。
 二人は丈の家に戻ると、買って来た材料をおかあさんに渡し、レコード鑑賞のセッティングをして、浩二の到着を待った。


             


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