29.気流に乗って(1)

 春休みに入った。
 秀は志垣恒一と秋葉原へ買い物に出た。
 志垣の目的は、電子部品と南 沙織のレコード。秀は、まだ聴いていないベンチャーズのライヴ盤のうちから、一枚を買ってみようと思っていた。
 この時点で秀は'65年の「イン・ジャパン」「オール・アバウト」、'66年の「オン・ステージ・アンコール」、'67年の「アゲイン!」、そして'68年の「イン・トーキョー」を、ことごとく所有していなかった。
 実際は「ライヴ!ザ・ベンチャーズ('70年)」と「オン・ステージ’73」は中尾 丈の持ち物だったが、この時にはレコードは秀と丈の二人の共有財産のようになっており、どちらかが持っていれば「所有している」と言えた。
 慢性的な小遣い不足に悩む高校生ゆえ、LPレコードをそうそうは買えなかった、という理由もあるが、すでに持っているライヴ盤の演奏を懸命にコピーする毎日を送っていた秀にとっては、それ以外のレコードは、なければないで済んでいたのである。

 秋葉原に着くと、先に志垣の買い物に付き合う。電気街口を出てすぐに、畳二畳分ぐらいの小さな部品屋が建ち並ぶアーケードがある。
 狭い通路沿いに、多種雑多な細かい部品や、コード類が並べられたり、ぶらさがったりしている。
 なにやら訳のわからない用語や部品名をブツブツつぶやきながら、あっちこっち見て回る志垣の後を、秀は目が点になりながら(早く終わらないかな)と思いながら歩いた。
 30分ほどで、志垣は1個50円とか80円の部品を何個か
買い、目的を達したようであった。
「これをメーカー品のパーツで揃えると3000円ぐらいするけど、今日は1000円かからなかった。」
 眼鏡の奥の目が、満足そうに笑っている。秀はあきれて溜息をつく。
「全然訳がわからないや。さあ、早くレコード屋に行こうよ。石丸本店でいいんだろ?」

     
                昭和40年代の秋葉原電気街

 しびれを切らしたように、秀は先に立って歩き出した。
 駅前のアーケード街を出て、大通りの横断歩道を渡り、お茶の水方面に200メートルほど歩くと、石丸電気の本店がある。
「ヤマギワ電気」「サトー無線」等、テレビでコマーシャルをやっているような大型電気店は、どこでも品揃えが豊富で甲乙つけ難かったが、志垣が普段から石丸電気の本店を利用していた影響で、秀も秋葉原に来た時には、レコードを買う、買わないは別として、立ち寄る習慣になっていた。
 当時、石丸本店は4階がレコード売り場になっていた。普段出入りしている柏のレコード店とは、比べ物にならないレコード、テープの陳列数が、秀の目を圧倒する。
 しかし、石丸本店へは何度も足を運んでいるので、迷うことなくベンチャーズのLPコーナーへと直行する。
 ここへ来れば、その時点で発売された、ほぼ全てのベンチャーズのライブ盤が並べられている。
 スタジオ録音盤はともかくとして、秀はライヴ盤だけは、いずれ全部手に入れようと思っていた。
 テンポが遅く、迫力に欠けるスタジオ盤の演奏は、この頃の秀にとっては、まったくと言っていいほど、魅力がなかった。
 しかし、まだ持っていない物が多すぎて、何から買ったらいいのか迷うところである。
 志垣が南 沙織のLPと、おまけのポスターの筒を手に呼びに来るまで、秀は「イン・ジャパン」「オール・アバウト」「アンコール」「アゲイン」「イン・トーキョー」のジャケットをとっかえひっかえ引っ張り出しては眺め、溜息をついてはまたしまったりして、迷っていた。
 横で退屈そうに待つ志垣の姿にせかされて、秀は「ベンチャーズ・イン・トーキョー」を選んだ。
「レッツ・ゴー」のライヴ・バージョンを聴いてみたい、というのが一番の理由であった。


             


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