26.雲の上で(4)

 どうにか録音は終わった。
「疲れたな。」
「指がいてえ。」
「思考能力なくなった。」
「腰がいてえ。」
 各々、違った表現で疲労感を口にしながら、機材や楽器のかたづけをする。
 いつもの練習後ならば、ホワイト餃子か仲屋、あるいはカレーのボンベイあたりに直行するのだが、この日はとりあえず録音したテープを皆で聴きたかったので、柏市内にあって、高校から一番近い次郎の家に寄る事になった。
 
 次郎の部屋で、次郎のおかあさんが運んできてくれたジュースを飲み、お茶菓子をつまみながら、デンスケを接続したステレオ・セットから流れてくる自分たちの演奏に耳を傾ける。
「うわあ、音が左右に分れていて、カッコいいじゃん。いつもの、俺のテレコで録ってる練習の音とは、やっぱり違うよ。」
 家にステレオのない秀は、音が左右に分かれて出てくるだけで感激した。
「やっぱりミキサー使うと、音の分離がいいね。」
 と浩二。
「ドラムにせめてあと1本マイク使いたかったな。やっぱり、バスドラは専用で録らないと、ちょっと弱いよ。」
 と、贅沢を言う丈。
「やはり、音楽ファンが好んで聴く楽器というと、ベースだな。」
 次郎は'71年のベンチャーズの司会の、宇月陽介の言葉を引用してまぜかえす。

 この時点で、自分達が出来得る限りのシステムを使って録音した演奏は、メンバー四人にとって、非常に興味深いものだった。
 だが、プレイそのものは、決して満足のいく出来ではなかった。
 前半は録音に対する緊張感でガチガチだし、後半は強行スケジュールによる疲労で、ヘロヘロだ。ミスも多いし、乗りも良くない。
 それと、ミスではないが、明らかにコピーの間違いも何ヶ所かある。弾いている最中には夢中で気づかないのだが、こうして客観的に聴いていると、
「あれ、なんだか変だぞ?」
 というのがよく分ったりするものなのだ。

 それでも「スタジオ録音盤」である事を意識して、わざとテンポをゆったりとさせたり、「アイム・ア・マン」や「ギミ・サム・ラヴィン」で浩二がボブ・スポールディング風にワウ・ペダルを使ったりと、色々な試みをした結果を聴くのは楽しかった。
 浩二はいつの間にか、ローランド社製の「ワウ・ファズ」を手に入れていた。それは、秀の持っていたエルク社製の物より、数段音質の優れた物であった。もちろん値段もその分高い。
 本来は、ベンチャーズのコピー・バンドにおいては、ワウ・ペダルはリード・ギタリストが使用すべきなのであろうが、この頃のT.A.D.には、割と鷹揚にアレンジを楽しむ部分もあった。

 やがて、次郎のおかあさんが、腹を減らした若者達に夜食を用意してくれた。猛烈な勢いでパクつきながら、四人は夜遅くまで、今日の録音テープを、ああでもない、こうでもないと言いながら聴いて楽しんだ。
 秀はこのテープに、
「T.A.D. 1st Anniversary Album」
というタイトルをつけよう、と提案した。もちろん、ベンチャーズの「10周年記念アルバム」のネーミングを踏襲したものだが、メンバー全員異論を唱える者はなかった。
 秀が丈や浩二とグループを組んでから、間もなく一年になろうとしていた。


             


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