25.雲の上で(3)

 少し休憩したあと、いよいよ本録音である。
 セッティングと試し録りだけで、もう2時間も過ぎてしまっている。今日中に全19曲を録りきれるかどうか、あやしい雲行きになってきた。
 とにかく、こんなアマチュアのプライベートな録音でも「レコーディング」と名がつけば、相当な精神的重圧がかかるものだ。
 ミスが許されない状況の元でのプレイは、まるで両手両足を縛られてギターを弾いたり、ドラムを叩いたりしているようなものだ。ミスをすれば、それが一生記録として残ってしまう、という恐怖感である。
 今にして思えば、ミスなどしなくとも、そもそもコピーしたフレーズそのものが間違っていたりするわけなので、若きアマチュア・ミュージシャン達の健気な緊張も、傍から見れば、ずいぶん滑稽だった事だろう。
 しかし、やっている本人達は、極めて真剣そのものである。

「さあ、そろそろ始めるか。」
 TDKの高級カセット・テープが挿入されたデンスケの、録音ボタンが押された状態で、ポーズがかかっているのを確認した浩二が立ち上がると、他の3人も、それぞれのポジションについた。
 浩二がボタンを押して、デンスケのポーズを解除すると、丈がカウントし「クルーエル・シー」を演奏し始めた。
 本番なので、全員ガチガチだ。一発録りにおいては、自分のミスが全員に迷惑をかける事になる。そのプレッシャーが、さらにミスを呼ぶ。
 「クルーエル・シー」の1テイク目は、最後まで演奏できなかった。トチリまくった秀が、途中で弾くのをやめてしまったからである。
 メンバー全員苦笑いだ。
「虹、ビールでも飲んで弾いたほうがいいんじゃないか?」
 浩二が秀をリラックスさせようと気を使う。
「ごめん、ごめん。ついつい緊張しちゃってさ。」
 秀は間違えた部分のフレーズを2、3回小さな音で弾いて指慣らしをすると、
今チョット照レタ、ダイジョブヨ」
とオン・ステージ'72の欧陽菲菲のモノマネで気を落ち着けようとした。
 テープを頭まで巻き戻した浩二がOKの合図を丈に送る。丈のカウントが入り、再びレコーディングのスタートだ。

 こんな調子で、誰かがミスする度に録リ直しをしていたのでは、とても今日中に全曲録り終える事は出来そうにない。
 2曲目の「夢のカリフォルニア」や3曲目の「アイム・ア・マン」あたりまでは、何テイクか録り直していた四人であったが、途中からは、致命的なミスがない限り、演奏をストップさせることなく、そのまま次の曲に進んだ。
 そんなこんなで、途中に休憩をはさみながら、60分テープのA、B両面を録り終えた時には、もう日はとっぷりと暮れていたのであった。



             


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