22.Take Off (5)

 日曜日、四人は午後の1時に高校のブラスバンド部室で待ち合わせしていた。
 母に昼食の支度を早めにしてもらい、競輪選手のごとく自転車を飛ばして高校に行くと、丈と浩二がすでに来ていた。

 丈は、練習台用の机を規則正しく左右のスティックで叩いて、腕慣らしをしている。普段からブラスバンドでやっている基礎練習だ。この地道な努力が、校内随一の安定したスティックさばきを生むのだ。
 浩二はイスにこしかけ、ピカピカの新品のアーム付きSGを抱え、コードの確認をしている。浩二のコード・ストロークは、実によくドン・ウィルソンに似ていた。プライベートでも、リード・ギターは絶対に弾かない、弾いた事がない、というこだわりが、絶妙のニュアンスを生むのである。
「二人とも早いな。ハカセはまだ?」
 四人の中で一番学業の成績がよく、博学の次郎は「ハカセ」と呼ばれていた。
「まだだけど、もうすぐ来るだろう。」
 ドン・ウィルソンのように、指先でガッチリとピックを持った浩二が手を止めて答えると、部屋の外から、大股で急ぎ足とわかる足音が近づいてきて、次郎が大きな体躯を現した。
「いやあ、遅くなってすまん。出かける直前まで練習していたんだ。なんとか課題の15曲は、クリアした。」
「よし、セッティングしようぜ。」
 秀は演劇部室からエーストーンの35Wのアンプを運び込んだ。浩二は同じエーストーンの20W。
 次郎はまだベース・アンプを持っていなかったが、他校の友人からエルクの30Wのアンプを借りて、前日に運んであった。
 秀、浩二、次郎は、それぞれ立ち位置を決め、軽く音の出を確かめる。
 秀はこの日、久々に赤いテレキャスターを抱えていた。
 浩二はアーム付きSG。
 そして、待望の新ベーシスト、葉山次郎のベルト・ラインにはヴァイオリン・ベースが、ずっと以前から使っていたかのように、違和感なく収まっている。
「いやあ、フィットするなあ。」
 横から眺めた浩二が、顔をほころばせて言った。

「じゃ、始めようか。クルーエル・シーからね。」
 秀が横のイスの上に置いた曲目表を見ながら言うと、丈がカウントを開始して、新生T.A.D.の初のリハーサルが始まった。
 大音響の中で、秀はテレキャスターを操りながら、次郎のベースを聴いて感動した。
(取っている、取っている。何から何まで、ボブのフレーズだ!)
 コードを追うだけではない、完全コピーに近いベース・ラインが、T.A.D.の演奏を、非常にベンチャリーな物にしていた。

「次、ドライヴィング・ギターね。」
「今度は、アイム・ア・マン!」
 と、曲目が進むにつれて、次郎のベースさばきもなめらかになってきて、メンバー全員乗りに乗ってしまった。
 ボブ・ボーグル特有の、特徴のあるフレーズを次郎がきちんとプレイする度に、秀と丈、浩二は目を見合わせ、満足そうにうなずきあった。

 その日、休憩をはさんで全15曲を2セット練習したが「この曲のベースは、ここではこうなる」という部分で、次郎はことごとく、ほぼ完璧にそのフレーズを再現してくれた。
 曲によってはコピーが間に合わず「簡易型」にアレンジされた物もあったが、それでもボブのフレーズをイメージさせるものであり、次郎のベンチャーズへの情熱とセンスを感じさせるものであった。

 練習が終ると、四人はカレー屋の「ボンベイ」へ行き、極辛のカレー「カシミール」に唇を腫らしながら、ワイワイと今日の練習について談議した。秀も丈も浩二も、ひたすら次郎のベースに対して賛辞を惜しまなかった。次郎は次郎で、
「これで、なんとかやっていく自信がついたよ。」
と、満足そうであった。
 四人とも、ベンチャーズを好きな者同志でバンドを組める喜びを、じっくりとかみしめていた。


             


トップ・ページに戻る