21.Take Off(4)

 ひとしきり「ジャンツカ」(バンドの練習を、丈がこう表現したのを、みんな気に入って使っていた)やって帰宅した秀は、さっそくカセット・レコーダーを箱から取り出し、カセット・テープを聴いてみることにした。
 といっても、まだ再生するべきテープがほとんどない。
「しまった、丈に何本かベンチャーズのテープを作っておいてもらえばよかった。」
と悔やみながら、カセット・レコーダーの付録のデモ・テープをちょっと聞いた後、赤いテレキャスターを買った時に付いてきた「グレコ・ロック・ギター・メソッド」を聞いてみることにした。
 これは、当時グレコのエレキ・ギターを買うと必ず付録で付いてきたテキスト付きの教則テープだ。
 この頃の日本人ギタリストとしては、圧倒的なカリスマ性を誇った成毛 滋氏が、インストラクターを担当していて、チューニングからピッキングの基礎トレーニングの方法まで、実にわかりやすく丁寧に教えてくれている。

 しかしこの時の秀は、あまりに「偉そうな」成毛氏の語り口に反発を感じ、素直にこのテープを聞くことができなかった。
 日本人ギタリストで尊敬できるのは、寺内タケシ御大ぐらいだ、と思っていたし、成毛氏の演奏も聞いたことがなく、どんなに凄い人なのか、全然知らなかったのだ。
 後々、人前で成毛氏の話をする時には必ず「さん」か「先生」を付けて、絶対呼び捨てにはしなくなる秀ではあったが、この時はせっかくの成毛氏の講座も、猫に小判であった。
 それでも、トレモロ・アームの使い方の解説の部分で、ベンチャーズを例にあげていて、そこだけは「ああ、この人もベンチャーズを知ってるんだなあ」と、ちょっとだけうれしく思った。
 実は成毛氏は、1975年に発行された雑誌「ヤングギター増刊」のギタリスト・アンケートで「ギターを始めた頃、どんなアーティストをコピーしましたか?」という問いに対し「ベンチャーズの初期のアルバム13枚全部」と答えたほどの、ベンチャーズ支持者だったのである。
 ベンチャーズに影響を受けながら、それを堂々と口にしないミュージシャンが多かった'70年代において、チャーこと竹中尚人氏らとともに、ベンチャーズに対する賛辞を惜しまない、数少ないギタリストの一人であった。

 成毛 滋氏

 せっかくカセット・レコーダーを手に入れたのに、聴くべきベンチャーズのテープがないのでは仕方がないので、秀は丈に電話した。
「明日までに、カセットに何か入れてきてくれないか。」
「わかった。とりあえず'73年を入れてあげるよ。」
 という訳で、翌日丈から「オン・ステージ'73」を録音したテープを受け取った秀は、帰宅後、さっそくレコーダーにかけてみた。
 オープン・リールで聴いていたのと、まったく同じ内容なのに、気分的なものだろう、なんだか音が輝いているような気がした。
 とにかく、ようやく手に入れた新品のカセット・レコーダーのスピーカーから、ベンチャーズの音が流れてくるのが、訳もなくうれしくて仕方がなかったのだ。
 それと、今度買ったカセット・レコーダーのスイッチが、オープン・リールの時のハンドル式でなく、ボタン式だったので、コピー作業している時の巻き戻しが非常に楽だった。これで、新しいレパートリーのコピーや、すでに覚えた曲のおさらいも、いっそうはかどることだろう。

 さらに翌日、秀は持っているベンチャーズのライヴ盤すべてを丈に渡した。
 丈は一日毎にアルバム一枚ずつカセットに録音して持って来てくれた。
 秀はそのカセット・テープを聴きながら、今度の日曜日の、葉山次郎が参加して初めての練習に備えて、みっちりとおさらいをした。

 そして、待ちに待った、新生T.A.D.として記念すべき日がやってきた。


             


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