19.Take Off(2)

 冬休みが明けた。
 始業式が終わると、秀はスキー教室の書類を持って、事務室に走った。
 キャンセルした、というよりは、中止になったスキー教室の代金を払い戻してもらうためである。
 窓口で書類を差し出すと、事務のおねえさんが、
「スキー教室、中止になっちゃって残念だったわね。」
と微笑みながら、てきぱきと払い戻し手続きをしてくれた。
「ありがとうございました。」
 ペコリと頭を下げて、現金の入った封筒を受け取ると、秀はもう気もそぞろであった。こうなったら、早くカセット・テープレコーダーを買いに行きたい。

 昼休み、演劇部室でグレコのレスポールを弾いていると、丈と浩二が入ってきた。
「虹、カセット・レコーダーはいつ買いにいくんだ?」
 浩二が聞く。
「すぐにでも買いに行きたいけど、実際は今度の日曜日かなあ。」
「秋葉原か。」
「秋葉原だな。やっぱり安いみたいだし。」
 すると浩二は、顔をほころばせて言った。
「よし、一緒に行こうぜ。俺は御茶の水でSGを買うぞ。」
「なに、本当か?」
「グレコのアーム付SGだ。冬休みのアルバイト代と、お年玉で楽勝になった。」
 去年、秀や浩二、丈がベンチャーズのコンサートを見たとき、ドン・ウィルソンは、その後彼のトレード・マークとなるジャズ・マスターを使用していたが、その前に「オン・ステージ’71」や「オン・ステージ’72」のジャケット、解説書の写真で、ギブソンのアーム付SGを弾くドンの姿を散々見ていたので、こちらの方が、かなり印象が深かった。実際にドンがステージでジャズ・マスターを抱えている姿を見ても、まるでスペアのギターを弾いているかのような違和感を、浩二も秀も丈も感じていた。
 さらに秀と同様、浩二も国産のギターだったらグレコ派のようであったが、当時グレコではジャズ・マスター・モデルを作っていなかったし、SG自体悪くないギターだったので、購入に踏み切ったのであろう。

 さて、その週の土曜日の事。
 午前中で授業が終わり、丈、浩二とともに、柏駅近くの仲屋へ昼食をとりに行こうと、下駄箱で靴を履き替えている時であった。
 外から四角い大きな黒いケースを手に下げて駆け込んで来た男がいた。葉山次郎だった。
「うわ、見つかっちゃった・」
 三人と出くわした二郎は立ち止まるなり、顔をしかめた。
 二郎が右手に下げているケースは、グレコのバイオリン・ベース、VB-300のハード・ケースだった。
「おっ、やったね。ついに買ったんだ、バイオリン・ベース!」
 秀が感激して叫ぶと、次郎は、
「こっそり持って来ておいて、いきなりみんなに見せてびっくりさせてやろうと思っていたのに。」
と言って、頭をかいた。
 つい今しがた、このベースの前の持ち主である他校の友人から、柏駅で受け取ってきたところなのである。

 四人は一度演劇部室に戻り、次郎のベースを見ることにした。
 ケースのフタを開けると「オン・ステージ’70〜’72」のジャケットで見慣れている、ボブ・ボーグルが使っているのと同じ(に見えた)色合いのバイオリン・ベースが、そこにあった。グレコではあるけれども、秀は感動した。ステージで次郎がこのベースを持って、秀の横に立つところを想像して、胸が高鳴った。
 丈も浩二も、顔をほころばせながら、
「やっぱりいいね。」
「ボブのベースだね。」
と、自分の事のように、うれしそうな顔をしている。

 四人はそのあと改めて仲屋へ足を運び、昼食をとりながら、あれこれと話をした。
 この店に入った時は、秀は上海焼きそば、丈はチキン・ライス、浩二は焼肉定食、次郎がタンメンを頼むのが常であった。
 そして、二週間後の日曜日に、ブラスバンド練習室で、このメンバーによる初めての音合わせをする事に決めたのであった。


             


トップ・ページに戻る