18.Take off(1)

 あっという間に年末が過ぎて、1974年の元旦となった。
 秀は渋山ゆりと初詣に行く約束をしていた。
 それまでの正月に、初詣のために遠出などしたことのなかった秀は、どこへ出かけたらよいのか、皆目見当もつかないでいたが、6歳年上の兄の助言により、明治神宮にお参りすることにした。
 記述が遅れたが、兄には4年越しで付き合っている恋人がいた。
 やがて秀の義姉となる良枝である。良枝は明るくて気さくな性格の、笑顔がとても素晴らしい女性で、秀も何かとよくしてもらっていて、大好きであった。兄と良枝は秀が高校を卒業するのを待って、次の春には結婚することになっている。
 そんな兄であるから、デート・スポットの知識は豊富だったのである。
 朝、家族で正月の挨拶をして、雑煮を食べた後、できる限りのおしゃれをして出かける準備をしたが、はた目には普段とちっとも変わっていない。さすがに青いズボンだけは避けたのだが。
 自分たちは車で成田山へお参りに行くという兄と良枝が、柏駅まで送ってくれた。緊張した面持ちの秀に、良枝が「秀ちゃん、がんばってね」と励ました。

 待ち合わせは、秋葉原の総武線ホームの新宿寄りの一番前だ。ここから再び総武線に乗って、代々木に出るのだ。
 この日は、ゆりの方が先に来て待っていた。
 ゆりはなんと、着物を着てきて、秀を驚かせた。着物に合わせた髪形が、いつもと違う髪型に見せていて、なんだか違う女の子とデートしているみたいに心が動揺してしまった。
「今日みたいな日じゃないと着る機会がないでしょう。おかしいかしら。」
 はにかんで顔を赤くするゆりであったが、秀は完全に頭に血がのぼっていて、
「いや、見違えちゃったなあ、すごくいいよ。」
 などと返事するのがやっとであった。

 代々木に着くと、そのまま溢れんばかりの人の流れにまかせて、二人並んでゆっくりと明治神宮へ向かった。
 着慣れない着物と、履きなれない草履のため、かなり歩きづらそうにしているゆりを気遣い、秀はゆっくりと進んだ。
「だいじょうぶ、足、痛くない?」
「ううん、平気。でも帯がきつくて、ちょっと苦しいわ。私、太ったのかしら。」
 秀から見れば、ゆりはテレキャスターのネックのように、太くもなく細くもなく、ちょうどいいと思った。

 明治神宮に向かう人波の中には、若いカップルもあちらこちらにいて、その大部分が腕を組んだり、手をつないだりしている。
 そんな光景をまばゆそうに眺めながら、若干前を歩き気味の秀の左腕に、不意にゆりの右腕がからんできた。秀はびっくりしたが、ゆりは、
「いいでしょう? このほうが歩きやすいんだもの。」
と、いたずらっぽく笑っている。
 かなり気の動転した秀であったが、周囲の雰囲気からして、若い男女が腕を組むのがごく自然な状態だったので、そのままゆりの手の感触を楽しみながら、半歩先を先導する形で歩いた。
 
 秀とゆりは、お互いに会話が途切れるのを恐れるかのように、どんな些細な事にも話題を向けてしゃべりながら、行列の流れにまかせてゆっくりと進んだ。
 元日には、日本でも有数の人出がある明治神宮であるが、実際その数はおびただしく、鳥居をくぐり、境内のゆるやかな坂道を登り、本堂の前に至るまで、気の遠くなるような時間を要した。
 参拝の順番が回ってきた時も、とても一番前までは進めない。賽銭は放るように投げないと、とうてい届かない。振袖姿のゆりの賽銭は届いたかどうか。
 二人は目を閉じると、両手を合わせて願い事をした。
 秀は、
「ゆりとの仲がもっと進展しますように。」
「もっとギターが上手くなりますように。」
「もうちょっとは勉強ができますように。」
と、祈った。
 顔をあげ、目を開けると、ゆりはまだ両手を合わせて拝んでいる。
 しばらくして、目を開けて秀を見たゆりは、クスッとはずかしそうに手を口にあてて笑った。
「ずいぶん長くお祈りしてたね。何をお願いしたの?」
「それは、秘密よ。色々だもの。ちょっと、欲張っちゃったかしら。」
 気がつくと、元日の太陽は天の真南を過ぎ、もう午後の日差しを投げかけていた。


             


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