17.滑走路(9)

 冬休みに入ってすぐ、秀は「スキー教室」に参加する事になっていた。
 希望者だけの参加行事だが、長野県のスキー場で2泊3日の研修を受けるツアーに、申し込んであったのだ。
 秀の母は、秀が小さい頃に、あまり遠出の旅行に連れて行かなかった事もあってか、こういった行事には、割と積極的に参加するように、秀に言っていた。
 ところが、出発前日になって、秀は折から大流行していた風邪をひいてしまい、高熱を発した。とてもスキー教室に行ける状態ではない。
 やむなく母が、高校にキャンセルの電話を入れたのだが、このスキー教室不参加が、秀に思わぬ副産物をプレゼントしてくれる事になった。

 結果的に言うと、秀が風邪で熱を出さなくても、スキー教室には行く事ができなかった。折からの風邪の大流行で、秀以外の生徒にも発熱によるキャンセルが続出し、ツアーそのものが中止になってしまったからである。
 スキー教室の参加費用は1万5千円ほどであったが、それが丸々払い戻される事になった。
 秀はこのチャンスを逃すものかとばかり、母に交渉した。
「ねえ、スキー教室のお金で、カセット・テープレコーダーを買いたいんだけど。」
 秀としては、反対されるのは覚悟の上、かなり決死の思いで口に出したのだが、意外にも母は、
「そうだねえ、スキー教室に行けなかったんだから、大目にみておくか。」
と、あっさり承諾してくれたのだった。
 秀は「やった」と思った。カセット・レコーダー購入は、以前からの念願であり、アルバイトをしてでも買おうと思っていたが、オープンのテレコがまだまだ使用に耐えていたため、ついつい先送りになっていたのである。

 この冬休み、秀はアルバイトをしようかどうしようか、かなり悩んだ。
 欲しい物はいくらでもある。
 ただ、カセット・レコーダー以外で欲しい物は、ちょっとやそっとのアルバイト収入では買える代物ではない。
 秀の欲しい高価な物は、二つあった。
 一つはステレオ・セットである。この当時は、安価なミニ・コンポが存在せず、大型で高いセットしかなかった。値段は安い物でも10万円近くしたので、秀の小遣いでは、とても手が届かない。
 もう一つは、エレキ・ギターである。
 このところ、テレキャスターより、レスポールがすっかり手に馴染んでしまった秀は、ジェリー・マギーが使っているような、ゴールド・トップのレスポールが欲しくてたまらなかった。
 しかし、この頃、国産のレスポール・タイプで、ゴールド・トップの物はまだ生産されていなかった。
 したがって、本物のギブソンを買うしか道はないのだが、これにいたっては、ステレオどころの値段ではなかった。まだまだドルも高い時代であった。
 テレキャスターの時のように、新品の国産モデルを再塗装に出すという勇気も、もうなかった。
 その他、フェイズ・ファイヴという、ノーキーが使っているのと同じエフェクターも欲しかったが、これでさえ、2万5千円もする。
 あれやこれやと、欲しい物がありすぎる上に、それらすべてが高価なものだったため、かえって目標が定められず、さらに年が明けて春になれば、学年が変わって受験生の身となることから、この冬休みはアルバイトをせず、のんびり過ごす事にしたのである。
 それだけに、思わぬところでカセット・レコーダーを買える算段がついたのは、幸運だった。
 スキー教室の費用が実際に払い戻されるのは、冬休みが明けてからである。秀は年の明けるのが待ち遠しかった。


             


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