14.滑走路(6)

 修学旅行から戻って何日かたったある日、ちょっとした「事件」が起きた。
 昼休みに、秀がいつもの通り、演劇部室でグレコのレスポールを弾いていると、次郎が興奮した面持ちで荒っぽい足取りとともに入ってきた。
 手にはNHKラジオの「英語会話」のテキストを持っている。T.A.D.のメンバーの中では一番勉強家である次郎は、ラジオ講座で自らのスキル・アップを図っていたのだ。
「虹、ちょっとこれ見てよ。」
 次郎はテキストの終わりの方のページを開くと、秀に向かって差し出した。
「どうしたの。何か、面白い物でも載ってるの?」
 英語会話のテキストなどという、自分には縁のない物体に気後れしながら、次郎が開いたページに目を落とすと、秀の目はそのまま飛び出しそうになり、視線がそこに貼り付いた。
 それは、受講者の投書欄であったが、最初の投書の見出しに、信じられない固有名詞が印刷されていたのである。
 その見出しには、まぎれもなく
「ザ・ダイナミックスのコンサートを見て」
 と書かれてあった。
「なに、これ? すごいね!」
 驚く秀に次郎は、
「とにかく読んでみろ。」
と促す。
 高まる気持ちを押さえながら読んでみると、投稿者は秀たちより一学年年長の高校三年生で、大林俊雄という人だった。
 投稿の内容は、

-----皆さんは、ザ・ダイナミックスというグループを知っていますか? 元ベンチャーズのドラマー、メル・テイラーが結成した新しいバンドです。
 僕は9月6日、千葉で彼らのコンサートを見てきました。演奏がすばらしかった事はもちろんの事、コンサートの前後に彼らの楽屋に入れてもらった事も、忘れられない思い出です-----

 といったものだった。つまり、その時に普段「英語会話」の講座で勉強した事が、おおいに役に立った、という訳である。
 読み終えた秀は、
「へえ、英語会話の講座なんか聴いてる人にも、こんな人がいるんだねえ。それに、この人が見に行ったのは、俺と中尾が行ったのと同じ日だよ。」
 と言って、テキストを二郎に返した。次郎も
「ほんとに驚いたよ。それにこの人、ダイナミックスの楽屋にも入ったって書いてある。」
 と、改めて興奮している。

 そこへ、昼食をすませた丈と浩二も顔を出したが、二人ともこの投書を読んで、驚き、そして興奮していた。
 秀は三人の顔を見渡しながら、
「うらやましいなあ。俺と中尾も、メルやジェリーと握手はしたけれど、とても楽屋までは行けなかったもんなあ。」
 そう言いながら、9月6日の千葉でのコンサートが終わった後、ジェリーと握手している時に、横の方から英語でジェリーに話しかけている人がいたのを思い出した。
(きっと、あの人に違いない。)
 ラジオ講座で得た知識を、さっそくダイナミックスのメンバー相手に試しているとは、なかなかのものだ。

 それはともかく、思いも寄らぬメディアにおいて、ダイナミックスのファンを発見したのには、少なからず興奮した。
 行動範囲の狭い秀は、これまでT.A.D.のメンバー以外に「熱狂的な」ベンチャーズ・ファンに出会った事がなかったせいもある。
 この当時はインター・ネットもE−メールも存在しない。
 まして、音楽雑誌をはじめとする、マスコミ全般も、なぜかベンチャーズには冷たい時期であった。
 音楽雑誌の投書欄にさえ、ベンチャーズ関連の文章が載ることが、まずあり得なかった。

 秀は何らかの方法で、この投稿者の大林さんとコンタクトをとりたいと思った。
 次郎に了解を得て、投書の冒頭に記されている住所を写し取った。
 その夜、秀は自室の机に向かい、見知らぬダイナミックス・ファンに、情熱をこめて、長い長い手紙を書いたのだった。


             


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