13.滑走路(5)

 修学旅行の三日目、四日目は、5〜6人一組の班行動による自由見学である。
 秀の班は、宮地淳二、尾崎光一、住江 努との四人編成であった。
 ちょっと女好きなのがたまに傷だが、行動的で頼りになる宮地をリーダーとして、路線図を片手に市電を使って、京都の東西南北を精力的に飛び回った。

   銀閣寺  桂川

 秋の京都は実に美しく、特に秀の心に残ったのは、狭いエリアに数々の寺社が点在している嵯峨野であった。
 特に、竜安寺の石庭には、ノーキーのダブル・ノート・チョーキングのように渋くて、なおかつ奥深い魅力を感じた。

  竜安寺

 一つ一つ挙げていてはきりがないが、17才の少年の胸の奥底には、1973年秋の京都のパノラマがしっかりと刻み込まれていた。

       天竜寺

 最終日、団体行動で行った清水寺で、T.A.D.のメンバー四人は、秀のクラスの女の子で、演劇部員でもある吉川祐子にシャッターを頼み、レコード・ジャケット風に記念撮影をした。
 いっぱしのアーティストのようにポーズを決める四人を見て、撮影を頼まれた祐子は、笑いをこらえるのに必死だった。
 この写真は、いずれT.A.D.でスタジオ録音のテープを作った時に、そのジャケットとして使おうと思っていた。

       

           

 こうして、修学旅行の日程はあっという間に終わってしまい、2年生一行は、新幹線「ひかり号」で東京方面へと向かった。

 旅行といえば、母方の実家の新潟や、小学校、中学校の林間学校での日光ぐらいしか行ったことがなかった秀にとって、初めてベンチャーズのコンサートを見た時と同じぐらい、非常に思い出深い4泊5日の「山陰・京都の旅」であった。


             


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