10.滑走路(2)

 二年生総勢およそ350人を乗せた「ひかり号」は、世界でも指折りの超高速で、一路新大阪をめざしていた。
 この頃、まだ創業当時の「夢の超特急」の面影が残る新幹線に乗っている乗車している事に、秀は小学生のように、ひたすら単純に感動を覚えていた。
 母方の田舎の新潟へ向かう信越線の列車しか記憶にない秀にとって、広い車内と、まばゆいばかりの内装は、まさに夢の中にいるような心地にさせた。
 窓から眺める景色は、瞬く間に後方へ去って行き、さながらノーキー・エドワーズの速弾きフレーズのようなスピード感であった。
 あっという間に熱海、小田原を過ぎ、天気さえよければ富士山が間近に眺められるはずだったが、あいにくの曇天で、薄ぼんやりとも見ることができなかったのが、残念であった。
 約3時間あまりの車中、秀は時折車両を移動しては、丈や浩二、次郎と談笑したりして過ごした。同じバンドのメンバー同志でありながら、四人とも見事に別々のクラスであった。
 自分の席に戻った時は、宮地、尾崎、住江らと車内販売のお姉さんの「品定め」をする事も、もちろん忘れてはいない。東京出身でありながら、まったく田舎者の秀であった。

 新大阪に着くと、一行はそこで山陰組と四国組に分かれた。
 秀や丈の山陰組は、新大阪からは観光バスによる旅である。旅行後半の京都では、班単位での行動となるが、山陰コースの間は、完全な団体行動であった。
 天の橋立を横目に、山陰道を、大山の方面へ分け入ってゆく。いくつかの名所を見学したあと、夕方に大山の麓の旅館に到着した。
 海も嫌いではないが、どちらかというと山であるとか、渓谷のような風景が好みの秀としては、ちょっと地味ながら、いぶし銀のような風格と安らぎの同居したたたずまいを見せる大山周辺の風景には、満足であった。

        大山

 入浴がすんだあと、夕食となったが、班ごとの部屋に膳が運ばれた。ことさらに豪華な食事が出るはずもないが、いい空気と、程よい旅の疲れ、そしてクラス・メートとの楽しい語らいの中で、料理がとてもおいしく感じられた。しかも、子供の頃から貝が苦手だった秀が「はまぐり」のお吸い物を残さず飲んでしまったのだから、その場の勢いというものは、大切だ。

 夕食後の自由時間は、秀は丈のクラスの部屋に出張し、二人でスキャットでベンチャーズの曲を口ずさみ(いわゆる「口ベンチャーズ」である)、他の生徒にうるさがられたりして過ごした。

 就寝時間前には自分の班の部屋に戻ったが、部屋には他の班から数人遊びに来ていた。
 秀が戻ってしばらくトランプなどをして過ごしていたが、やはり高校生ともなると、いたずら心が自然に沸いてくる。誰からともなく「酒を買いに行こう」という話になって、じゃんけんで負けた秀の他ニ、三人で、旅館前の商店街に繰り出した。
 探す手間もなく、旅館の斜め前に酒屋があったというのも小説より奇なり、だが、わざわざ旅館を抜け出して、胸をドキドキさせたあげくに買ったのがサントリー角瓶の「ミニチュア・ボトル」一本というのだから、恐れ入る。
 五〜六人ほどで、一人ずつなめるように回し飲みをして、あっという間にミニチュア・ボトルは空になったが、悪さもこんな程度で済むのだから、可愛いものだ。
 一人あたり数ミリグラムのアルコール摂取によって、程よい眠気を誘われた秀は、クラスメート達の会話を遠くに聞きながら、いつの間にか夢の中へと入っていった。



             


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