8.決断(5)

 次郎は秀から借りた「ベンチャーズ・オン・ステージ’71」を聴いて以来、ジェリー・マギーのギター・ワークに惚れ込み、日常の中でも秀とは冗談半分に「ノーキー派対ジェリー派」の論議を戦わせたりして、親しく付き合ってはいたが、彼をT.A.D.の正式メンバーに誘おうと思った事は一度もなかった。次郎はあくまで「リード・ギタリスト」だと思っていたからである。
 この頃の秀は、「オン・ステージのすべて」の「ベンチャーズ・メドレー」や「テルスター」で、ボブ・ボーグルがリードを弾いている事を知らなかった。
 1974年以降、度々ボブがノーキーとステージ中にポジションをチェンジしてリードをとる事も、1984年に、事もあろうにジェリー・マギーその人が、ボブのかわりにベーシストとしてツアーに参加する事も、この時は予想だにできなかった。ましてや、そのツアーで、途中ノーキーとジェリーがポジションをチェンジして、4〜5曲ジェリーがリードをとり、ノーキーがベースを弾く、などという事が現実に起こるなどとは、想像できるはずもない。
 何が何でも「バンドのリード・ギターは一人で固定」というのが、秀の主義であった。

 それが、次郎の方からT.A.D.の固定メンバーとしてベースを担当したいと申し入れてきてくれたのだ。
 秀は驚いて、
「本当にベースやるのか、リード・ギターじゃなくていいのか?」
と何度も確かめたが、
「やると言ったら、やる。」
という次郎の決心は固いようであった。

 さっそくその日、丈と浩二がブラスバンドの練習を終えるのを待って「ホワイト餃子」で次郎の歓迎会を兼ねたミーティングを行なった。
「ホワイト餃子」は千葉県北部では名の通った餃子専門店で、その独特の味には人気があった。
 四人は山のように運ばれてきた餃子をつつきながら、二郎のT.A.D.参加表明に対して、あれこれと話した。
「葉山もよく決心したね。」
 丈が言うと、次郎はニヤリと笑って、
「だってさあ、T.A.D.に入ろうと思ったら、ポジションはベースしか空いてないじゃん。それに、ベンチャーズのボブ・ボーグルだって、元々はリード弾いていたのが、ベースに転向したっていうしさ。」
と、当然の事のように言った。
「そうだね、理屈には合ってるね。」
 秀はうれしくて、すべて理に適っている、と思い込みたくなっている。
 浩二も精力的に餃子を口に運びながら、
「やっぱり、ベンチャーズを好きな奴だけで組むのが一番だしな。」
と、うなずいている。

 ひとしきり次郎のベース転向について談笑したあと、今後の方針を話し合った。
 次郎は、
「冬休みにアルバイトをして、ベースを買おうかと思っているんだ。ベース・パートのコピーもまだほとんど手をつけてないし、実際に参加できるのは年明けかな?それまでには、15曲から20曲ぐらい、ベースが弾けるようにしておくよ。」
と青写真を話した。
 そして秀が、
「そうだ、せっかくだから、レパートリーも決めておこうよ。まだやってない曲で、やりたいのもあるから。」
と提案し、その場で四人は新生T.A.D.のレパートリーを選曲しはじめた。
 その中には、それまでレパートリーにするのをためらっていた「ハートに灯をつけて」や「ファイアー」等の、「オン・ステージ’71」のナンバーも含まれていた。
 だが、ベース自体は初心者である次郎の立場も考慮し、大半は「どうしてもはずせない定番曲」で占められた。

 山のような餃子をすべてたいらげ、腹いっぱいになった時には、秀と丈、浩二、そして次郎の四人の結束は、鉄のように固まっていたのであった。