7.決断(4)

 秀にとって、ハード・ロックの世界は異次元の空間に近かった。
 演奏中は、バンドのメンバー全員が、常にしかめっ面をしていなければいけないようなイメージがあった。
 「ミュージック・ライフ」等の音楽雑誌のグラビアを見ても、ハード・ロック・ギタリストは皆、汗だくで鬼のような顔をして演奏しているように見えた。特にこの頃大流行したディープ・パープルのリッチー・ブラックモアなどは、本当に怖い顔であった。
 後年、レッド・ツェッペリンの映画「永遠の詩」で彼らのライヴ・パフォーマンスを見た時に、実に楽しそうに笑顔で演奏しているジミー・ペイジの姿に、意外な感じがしたほど、この頃の秀はハード・ロックの世界に固定概念を持っていたのだ。

 それに比べ、ほとんど直立不動で、客席に向かって笑顔でギターを奏でるノーキー・エドワーズや、幸せの国から幸せを売りに来たような表情で演奏するジェリー・マギーの雰囲気の方が、秀にはしっくり来た。
 軽音学部のほとんどの部員が、ノーマルなベルボトムのジーンズを着用する中で、秀は「ベンチャーズ・オン・ステージ’73」の裏ジャケットの写真でノーキーがはいている青いズボンに憧れ、形状は異なるものの、真っ青なカラー・ジーンズを買った。いかに高校が自由服制度とはいえ、真っ青なズボンをはいて登校するとは、まさに若さでゴー・ゴーといったところだ。
 もう一着、ダイナミックス千葉公演でジェリーが着用していたダーク・ブラウンのズボンに似た色のカラー・ジーンズを買う事も、もちろん忘れていなかった。世間的には、こちらは極めてノーマルな色合いであった。

 そんなこんなで、秀は今ひとつ「ロック」の世界に気後れを感じていたため、飯村や小和田といった優秀なプレイヤーとセッションしても、その場の感動は得られたが、そのままのめり込む事ができなかった。
 かなり閉鎖的な音楽活動を行なってきた秀にとっては、実に貴重な体験であり、それを機にベンチャーズ以外のレコードを聴いたり、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)で毎週放送されていたロック・コンサート・フィルムの番組を見て楽しんだりもするようになった。「ジェフ・ベック」や「フォーカス」「ウィッシュボーン・アッシュ」などを見て「カッコいい」と思ったりもした。
 少なくともリスナーとしては、かなり幅が広がった訳である。しかし、バンド活動ともなると、もともと器用なタイプではない秀は、あれもこれもと手を出すことにためらいを感じた。むしろ、もっと徹底的にベンチャーズを追求し、その世界に浸りたくなったのだ。
 という訳で、軽音部内で密かに「スーパー・グループ」と呼ばれたこのユニットも、たった一度のリハーサルを行なったのみで、自然消滅する形となってしまった。

 再びT.A.D.の活動を始めようと思った秀であったが、問題はベーシストであった。
 砂田隆彦は、実に腕のよいベーシストであったが、ベンチャーズに興味のない彼に、これ以上付き合わせるのは気の毒だし、新しいレパートリーを増やすのも無理だった。
 秀としては、メンバー全員が「ベンチャーズを好きでたまらない奴」同志でグループを組みたかった。
 丈と浩二の二人は問題ない。あと一人、ベンチャーズ好きのベーシストがいれば・・・。

 そんな折の10月も終わりに近いある日、秀が放課後に演劇部室でグレコのレスポールを弾いていると、葉山次郎が入ってきて、
「虹、話がある。」
と言う。
「なんだい、改まって。」
 けげんそうに問う秀に、次郎から信じられないような返事が返ってきた。
「俺、ベースやるよ。」
 秀はわが耳を疑った。