3.レスポールの誘惑(3)

 レコードで何度も耳にして、なじみのあるあのイントロのフレーズに続いて、丈はテーマ部分の途中までを見事に弾いてみせた。
「クラシカル・ガス」
 この曲には一生縁がないだろうな、と思っていた秀には、ちょっとした衝撃だった。
「す、すごいね!いつの間に覚えたの。」
 大きな驚きと、軽い嫉妬を感じながらたずねる秀に、丈は平然と答えた。
「まだ、最初の方しかコピーしてないよ。家にあるクラシック・ギターで音を取ったんだよ。」
 それにしても、あのイントロを、自分のバンドのドラマーに、目の前で弾いて聴かされるとは思いもよらなかった。
 レコードを聴いたり、コンサートでアーチストのプレイを実際に見ても、ある意味では「当たり前」に感じてしまうものだが、身近な人間の演奏を目の前で見聞きするというのは、かなりのインパクトがある。
 秀はその場で「自分もクラシカル・ガスを弾こう」と決意した。
「こいつには負けていられない」などというものではない。バンドのリード・ギタリストとして、ドラマーにリード・パートのコピーをされてしまっては、否でも自分でも覚えて弾かなければならないだろうという、ほとんど「強迫観念」に近いものが、秀を襲ったのだ。

 秀のギターの技術において、フィンガー・スタイルの心得は「禁じられた遊び」のさわりの部分を適当に弾く程度であった。小さい頃からベンチャーズ、GSの範疇を大きく越えた事がなく、フォーク・ソングで多用されるスリー・フィンガーの経験もなかった。
 自分で会得していない技術が使われている楽曲のコピーというものは、かなり難儀なものだ。
 そもそも、メロディーを弾くにあたって、単音の世界に偏っていた秀は、ハーモナイズド・フレーズの聴き取りが苦手であった。

 バンドのサウンド自体は極めてシンプルなベンチャーズの中において、ノーキーもジェリーも実に多種多様なハーモナイズを駆使している。
 後年、ノーキーの「プラウド・メアリー’72」のカントリー・リックスや「恋人よ飛んでおいでよ」のサビ部分のハーモナイズの聴き取りをした時に、想像を越える音の重ね方に、改めて驚かされたものだ。
 ジェリーもまた、ノーキーとは違ったアプローチで絶妙のハーモナイズを聴かせてくれるが、ジェリーの場合、それとは別に、低音弦の使い方に芸の細かさがある。
 ノーキーが高音弦で弾くフレーズに5、6弦の低音をかぶせる時は、「ピンク・パンサーのテーマ’65」や「キャラバン」の2度目のソロ、あるいは’80年代の「テキーラ」のソロ等、どちらかというと派手目で、より効果的に挿入する事が多いが、ジェリーのそれは、料理でいう「隠し味」に近いものがある。
「クラシカル・ガス'71」においても、目立たないところで、実に事細かに低音弦をヒットしているのだ。

 この低音までも、丈はきちんとコピーしていた。小学生の頃、オルガン教室に通っていたりした事もあり、すべてが我流の秀とは「音楽的素養」のレベルが段違いなのだろう。
 秀は素直に脱帽し、すでに丈がコピーした部分を、毎日少しずつ、手取り足取りで教わる方法を選んだ。
 丈は日数を費やして、気の遠くなるような聴き取り作業を根気よく続け、秀に伝授した。
 秀も自分なりに、部分的なコピーをし「ここのコードはこうじゃないか?」ぐらいの提案はした。
 大まかなコピーは半月ほどで終わったが、取った音をスムーズに弾きこなすには、かなりの練習が必要であった。