2.レスポールの誘惑(2)

 秀の通う高校では、文化祭が年に2度開催されていた。9月の半ばに、秀がT.A.D.や演劇部で出演したのが、クラブ主催の文化祭で、9月末に、今度はクラス単位での文化祭があった。
 各学年の各クラスごとにテーマを決め、研究発表したり、出し物を出したりするのである。

 2年生のあるクラスでは、模擬の喫茶店を開いたが、そこへ軽音楽部が機材を持ち込んでライブをやっていた。いわば60年代の「ジャズ喫茶」のようなものである。
 クラブ主催の文化祭で、単独コンサートを強行したため、軽音楽部内では異端児扱いの秀と砂田であったので、この時は出演の予定もなかった。
 しかし、他のバンドの演奏を聴いているうちに、腕がムズムズしてきた秀は、プログラムにたまたまポッカリと空白ができた時、部長に交渉して、飛び入りの演奏をすることになった。
 部長は、苦々しい表情で、秀に対してしっかり釘をさす事を忘れてはいなかった。
「いいか、虹沢。多くても5曲だぞ。お前ら、いつも曲数が多すぎるんだよ。」
「わ、わかってますよ。」
 秀は大急ぎで丈と浩二を呼び出し、すでにその場にいた砂田も交え、即興でのライヴとなった。

 全員手持ちの楽器を用意していなかったので、他の軽音部員の物を借りた。秀が借りたのは、一年生部員の持ち物で「GABAN」というメーカーの、レスポール・タイプであったが、これがまた、いい音がした。ソフトでナチュラルなディストーションがかかり、実力がモロに出てしまうテレキャスターよりも、大分ごまかしがきくような気がした。
 砂田は同級生の部員のジャズ・ベースを借り、浩二はなぜか、その場での借り物にもかかわらず、ちゃっかりSGタイプをGETしている。

 急な出演で、かえって肩の力が抜け、GABANのレスポールの音の伸びの良さにもつられて、秀は「アクエリアス〜レット・ザ・サンシャイン・イン」や「ブルドッグ」で、コピーではないアドリブを弾きまくり、実際にはそんな大それたプレイではないが、本人の中では、ジミー・ペイジやエリック・クラプトンがベンチャーズをカバーして演奏しているような気分に浸っていた。
 T.A.D.だけの世界では、どっぷりと「インストルメンタル」に漬かっている秀であったが、ロック畑の多い軽音の空気の中では、自然と「ロック・ギタリスト」の気分になるから不思議である。
 何より、レスポール・タイプのギターの、太くて甘いトーンが秀を誘惑していた。クリアーでストレートなテレキャスターの音と違って、技術の未熟さを優しくカバーしてくれるような「包容力」を、レスポールの音に感じたのだ。

 その日を境に、秀は苦労して手に入れた赤いテレキャスターを自宅に置き、学校では丈に借りているGRECOのレスポールを使う事が多くなった。
 この頃の秀の技術では、ノーキーのように歯切れ良くテレキャスターを鳴らすことができなかった。勢い、レスポールの母性愛溢れるトーンに甘えていく結果となる。

 さらに、秀がレスポールに傾かざるを得ないような出来事が起きた。犯人は、事もあろうに、ドラマーの中尾 丈だった。
 丈は、ブラスバンドではパーカッションを担当し、T.A.D.にもドラマーとして参加しているが、ギターの腕前もなかなかのものであった。特に独学で覚えたという、クラシック・ギターの技術は、エレキ・バンドのリード・ギターというスタイルでずっとやってきた秀が、未だに身につけていない物である。

 その丈が、10月に入ったある日の昼休み、いつも通り秀が待つ演劇部室に顔を見せた。秀は丈に借りているレスポールを、まるで我が物のように毎日弾いていたが、丈も丈で、そのギターを他人の物のように「ちょっと貸して」と言って秀から受け取ると、座って弾きはじめた。
 フィンガー・スタイルでポロローンと奏でたそのメロディーは、なんと「クラシカル・ガス」のイントロだった。