第四章 飛翔編

         1.レスポールの誘惑(1)

 1973年。この年のベンチャーズは例年にも増して、長期の滞在で、10月初旬までコンサート・ツアーを行なっていたが、なんと、そのツアー最中の9月下旬に、早くも実況録音盤が発売され、ファンを驚かせた。「オン・ステージ’73」である。

     

 T.A.D.のメンバーの中では、丈がいち早く発売日に購入し、翌日にはオープン・リールのテープにダビングして秀に渡してくれた。秀はいまだに、カセット・テープレコーダーを持っていなかった。

 普段は用もないのに学校に長居している秀だが、その日ばかりは一目散に家に帰り、小学校の時から世話になっている、もはや重要文化財のような、オープン・テレコで「オン・ステージ'73」を聴いた。
 2ヶ月前、7月25日の郵便貯金ホールでの興奮を頭の中によみがえらせつつ、テープを空のリールに巻きつけ、スイッチをひねった。
 だが演奏が始まって、秀はテレコのスイッチだけでなく、頭もひねってしまう。
「なんだ、この音は・・・?」
 ジョー・バリルの若さ溢れる、自由奔放なドラムが前面に出て、派手に活躍しているのはいいが、かんじんのノーキーの音が、まったく前に出てこない。一瞬、丈の録音ミスではないかと思われるほど、バランスの悪いサウンドであった。
 ノーキーのリードは、宇宙の彼方からかすかに聴こえて来るようだし、ボブのベースも、こわれかかったアンプを無理矢理鳴らしているみたいに、歪んでしまっている。
 ひたすらジョーのワンマンショーのような録音を聴いて、秀はがっかりした。
 '71年、'72年と、迫力のある録音で魅了してくれたベンチャーズのライヴ盤であったが、どう聴いても'73年は失敗作のようである。
 後に秀は、もっとノーキーの音がよく聞こえるように、丈に頼んで、右チャンネルに定位を寄せて、録音しなおしてもらった。

 それでも、テープの音を聴きながら、生のベンチャーズを初めて見た時の感激が湧き上がってきて、アンコールの「キャラバン」まで一気に聴いた後、思わずテレキャスターを手に取った。そして、テープを巻き戻し、今度はベンチャーズの演奏に合わせて、自分も弾きながら聴いた。

 この時まで、秀の中で「ノーキー・エドワーズと赤いテレキャスター」は、絶対的なものであった。
 ダイナミックスのコンサートを見て、多少影響を受けた時期もあったが、それは単に「麻疹」にかかったようなものでしかなかった。
 国産とはいえ、実際に「赤いテレキャスター」を手に入れ、そのギターで文化祭コンサートを行なった後の「オン・ステージ’73」の発売は、まさにだめ押しの一撃となるはずであった。

 しかし、この後、思いも寄らぬ出来事が、次々と秀に襲いかかり、彼を赤いテレキャスターから引き離そうとするのであった。