第1章 流浪編

         6.アパッチの矢が飛んだ(6)

 後から追っていく秀を振り返りもせず、新沼はズボンのポケットに手を突っ込んで、猫背気味に歩く。
 秀が追いつくと、
「学食の安いコーヒーでよければ、おごってやる。」
と言って、秀の目を見た。鋭い眼差しに気おされながら秀は、
「はい、何でもいいです。」
と答えた。
 Y大学には学食が二ヶ所あって、一つは定食中心の大食堂、もう一つが、うどん、そば中心の小さな食堂である。
 新沼は地下ホールから近い大食堂に入って行く。
 昼食時を過ぎたとはいえ、食堂内はまだまだ大勢の学生たちでごった返している。空席は奥の方の、四〜五人のグループの男女との相席のテーブルしかなかった。
 新沼は秀に、そこへ座るように指示すると、自動販売機で紙コップに入ったコーヒーを二つ買ってきて、自分も席についた。
「まあ、飲め。」
 新沼は秀にコーヒーをすすめると、自分も一口すすった。
「お前はベンチャーズが好きだそうだが、さっきも言ったように、俺はビートルズだ。だが、レコードを聴いてコピーしたりしたのは高校の途中までで、最近はずっとオリジナルを作っている。」
「へえ、オリジナルですか。」
「お前はオリジナルなんか作った事ないのか?」
「ノーキー・エドワーズのプレイをコピーするのに夢中で、オリジナルなんて考えた事もありません。」
 秀の返事を聴いて新沼は「フンフン・・・」とうなずいた。
「気持ちはわからないでもないし、コピーするのは悪い事じゃない。でも普通は、ある程度の所まで行ったら、自分の音楽やプレイをしたくなるもんだ。」
 同じような事を高校時代に誰かに言われた事があったので、
「やってみるとベンチャーズも奥が深くて、どんどんのめり込んで行っちゃうんですよ。」
秀はそう言って頭をかいた。
「リード・ギターをやる奴ってのは、そういうタイプが多いのかもしれないな。で、お前は今、バンド活動はしてないのか?」
「はい。高校卒業後は何もしてません。」
 そこで新沼は、手にしたコーヒーの紙コップに目を落とした。そしてしばらく沈黙していたが、コーヒーをまた一口すすって顔を上げると、
「お前、俺とバンド組む気はないか?」
と言って、秀の目を鋭く見た。気おされる物を感じた秀は視線をそらして、
「い、いや、急には返事できません。」
と答えるのがやっとだった。新沼はちょっと表情をやわらげると、
「うん。もちろん、そんなに結論を急ぐ事はない。先は長いからな。」
と言って、シャツの胸ポケットから煙草を取り出した。
「お前、煙草はやらないのか?」
「はい。」
「真面目だな。」
「いや、別に真面目なわけじゃなくて・・・。」
 高校時代、いたずらでふかした事はあったが、自分の体質には合わないと思ったのと、肺の病気の事もあって、秀には喫煙の習慣がなかった。
 ハイライトの四角い箱からスッと一本取り出し、口にくわえてライターでパチッと火をつける、新沼の一連の動作が堂に入っていて、なんだかとても大人に見えた。
 新沼は一服吸って、フゥーッと煙を吐き出すと、また話を始める。
「さっき、お前のギターを聴いて、なかなかのもんだと思った。」
「それはどうも。」
 ほめられて悪い気のする人間はいない。目つきが鋭い、というよりは不良っぽい新沼に対し、ちょっとした恐怖感に似た物も感じていたので、その一言で秀はいくらか気が楽になった。
「俺には相棒がいる。歌とギターをやる奴だ。ビートルズで言えば、ジョンとポールのような関係だ。」
 新沼が言うのを聞いて、秀は心の中で、
「ベンチャーズで言えばドンとボブだな。」
と思いながら、黙ってうなずいた。新沼は続ける。
「そいつとは高校の時からバンドを組んでいたが、卒業してから他のメンバーは音楽をやめちまった。だから、ギターがうまい奴とドラムを叩ける奴をずっと探してたんだ。」
 そこまで聞いて、秀はぐっと身を乗り出した。
「ドラマーならいますよ。」
 瞬間的に秀の脳裏に、中尾 丈の顔が思い浮かんだのであった。


             


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