第1章 流浪編

         5.アパッチの矢が飛んだ(5)

 新沼は初対面にもかかわらず、秀に対して挨拶もなしに、いきなり、
「お前、ギター弾くのか?」
と聞いてきた。面食らった秀は目を白黒させながら、
「は、はい。」
と答えるのがやっとだった。すると新沼は自分が持っていたフォーク・ギターを秀に手渡し、
「何でもいいから弾いてみろ。」
という。
 秀は何を弾こうか迷った。こんな時に「ダイアモンド・ヘッド」や「パイプライン」では、なんとなく格好がつかないと思ったので、ブルース・ナンバーの「ホンキー・トンク」を弾いた。
 弾き始めると、よもぎの先輩部員たちの視線が、いっせいに秀の指先に注がれた。
 ここ数年、エレキ・ギターしか弾いたことがない秀にとって、フォーク・ギターの弦は異様に太くて硬かった。3弦など、巻線なのでチョーキングもまま成らない。
 新沼は黙って腕組みをしたまま、秀の指先をじっと見ていたが、秀がエンディングまで弾き終えると、相変わらずニコリともせずに言った。
「ふうん。今弾いたアドリブは、お前自身が考えたフレーズか?だとしたらお前はたいしたもんだ。」
 秀は一瞬ためらって、
「いや、ベンチャーズのコピーです。」
と答えた。新沼はちょっと驚いた表情になって、
「ほう、ベンチャーズがそんな曲をやってるのか。」
と言った。どうやらベンチャーズのホンキー・トンクを聴いた事がないようだ。
「はい。」
とうなずいてから、秀は一番気になっていた事を質問した。
「あの、新沼さんはベンチャーズに詳しいですか?」
すると新沼は冷ややかに、
「いいや、誰でも知ってるような、有名な曲しか知らないよ。」
と答えた。それでも秀が、
「そうですか。昨日の昼休みの演奏の合間に、ちょこっとアパッチを弾いてましたよね。だから新沼さんがベンチャーズを好きなのかと思ってました。」
と食い下がると、新沼はプッと吹き出した。
「ああ、昨日のな・・・。あんなのまでしっかり聴かれてたのかよ。お前はベンチャーズが相当好きなんだな?」
「はい、高校の時はベンチャーズばっかりやってました。」
「ふうん。俺もベンチャーズは嫌いじゃない。変な外人が司会をやっている実況録音盤が、確か家にあったぞ。」
「イン・ジャパンですね。」
「それだ。あの中の何曲かなら、中学や高校の時にパーティーでやった事があるぞ。」
 新沼との会話がようやくベンチャーズの話題になったのはいいが、秀はちょっとがっかりしていた。新沼はそれほど熱心なベンチャーズ・ファンではないようだ。
 それを証明するかのように、新沼は続けた。
「俺はベンチャーズよりもビートルズに影響を受けている。」
「あ、そうなんですか・・・・・。」
 秀もビートルズは決して嫌いではなかったが、ことさらに「ベンチャーズよりもビートルズ」と決め付けられると、心中おだやかではない。

 そこまで会話が進んだところで、新沼はチラっと腕時計を見ると、
「お前、これから時間あるか。」
と聞いてきた。
「はい、別に用事はありません。」
 秀が答えると、新沼はさっさと席を立って、
「お茶でも飲もう。お前はいくらかギターが弾けるようだから、もうちょっと突っ込んだ話がしたい。ついて来い。」
と、ホールの出口への階段に向かって歩き出してしまった。
 秀もあわてて立ち上がると「よもぎ」の先輩達におじぎをするのもそこそこに、小走りに新沼の後を追った。


             


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